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湾岸戦争からイラク戦争
1991年にソ連が解体すると、アメリカは世界でたった一つの「超大国」になり、それ以前よりも戦争を起こし易くなりました。アメリカは「危険」とみなした国を「ならず者国家」と呼んで、これを敵視する政策をとりました。1991年の湾岸戦争は、クエートに侵攻したイラク軍にアメリカを中心とする多国籍軍が対抗したものですが、戦争後もフセイン政権は残りました。2001年9月11日、ハイジャックされた民間機がニューヨークの世界貿易センタービルを崩壊させましたが、アメリカはイスラム武装組織アルカイダの犯行であるとし、指導者ビンラディンの身柄引き渡しを拒否するアフガニスタンのタリバン政権に戦争を仕掛けました。さらに2003年3月、アメリカはイラクが大量破壊兵器を隠しているとして、国連安全保障理事会の決定もないままに攻撃に踏み切りましたが、開戦に先立って世界中で未曾有の反戦運動が起こりました。結局、大量破壊兵器は発見されませんでしたが、日本はこの戦争に「人道復興支援」の名の下に自衛隊を派遣したことはご存知の通りです。